『帰って来たヒトラー』日本では誰が「帰って来る」のか

最近ゲームをやり過ぎて頭がおかしくなってきたので(ゲームをやり過ぎると頭がおかしくなるので気を付けた方が良い)、みたたびNetflixに加入し、みたたびネットフリクサーになったので、コントローラーをタブレットに持ち替えて映画やドラマ鑑賞に浸っている今日この頃である。

 

イギリスで起きたイラン大使館占拠事件を描いた『6日間』や、みんな大好きスティーブン・キング原作の『セル』や『1408号室』、『IT(それが見えたら~の方)』、エドワード・スノーデンアメリ諜報機関の違法捜査を暴露するに至った経緯を描いた『スノーデン』、イギリス軍とイギリス政府がドローンで攻撃するかしないかめちゃくちゃ押し問答する『アイ・イン・ザ・スカイ 世界一安全な戦場』など、面白映画にことかかなったのだが、その中でも特に筆者の注目を欲しいままにしたのが、2016年公開の『帰って来たヒトラー』である。

 

 

本作は、1945年ベルリンの地下塹壕で自殺後に大量のガソリンをぶっかけられて火葬されたはずのヒトラーが、ガソリンを被った状態で蘇生して現代のベルリンにタイムリープしてくるのである。その後、ヒトラー(本人)は、ほぼ本人に近いそっくりさん役者(芸人)として人気を博し、21世紀のドイツで復権を図ろうとする、コメディ&セミドキュメンタリー映画なのである。

 

詳しい内容については、是非本編を観てもらいたい。いや、観てください。

 

非常に興味深かったのは、ドイツ市民のヒトラーへの反応である。本作最大の売りであるセミドキュメンタリーパートでは、ヒトラー(どうみても本物)がドイツの各都市で市民と今の政治について語り合っている。なんとこのシーン、台本なしのアドリブで普通に市民と話しているだけだそうだ。

 

2時間かかっている特殊メイクも手伝って、ヒトラー役のオリバー・マッチスの信じられないほどのヒトラー感がそうさせるのか、インタビューに答えている市民はどれも真剣な表情でドイツの問題をかつての独裁者と話し合っているのである。偽物だとは分かっていても、あまりにも本人然としているので、握手をしたり、笑顔でハグしたり、一緒に"あのポーズ"をして自撮りしたりしているのだ。

 

もちろん、はっきりとした口調でヒトラーを支持しないと言う人もいるし、極左アナーキストが乱入してくるシーンもある。ネタバレになってしまうが、終盤ではユダヤ系市民が登場しヒトラーのことを酷く罵ってもいるし、エピローグではオープンカーで通り過ぎるヒトラーに中指を立てている人もいる。それでも、映画を観る限りドイツ市民は彼に好意的で、中には演説を聴いて涙する者もいるのだ。

 

本作のテーマとして、アイコンとしてのヒトラーを用いることで、ドイツ国民の右傾化への危惧や、再び極右が台頭したとき人々が洗脳されてしまう危険性を指摘している。そしてその実験結果は、インタビュー部分を観れば明らかなのではないかと思う。

 

また、本作の恐ろしいところは、彼は教科書で見るよりもずっと人間的で、コメディ演出により滑稽に描かれていることで、より一層魅力的で親しみやすく、我々市民に近い存在として見えてしまうところだ。危うく彼の事を愛おしんでしまいそうになってしまう。あえて、とても危険な作りになっているのだ。映画の内容は笑えても、その状況は決して笑えるようなものではないのである。

 

実のところ、2017年のドイツの下院選挙では、反EUで反移民の極右政党とも称される「ドイツのための選択肢(AfD)」が総議席数709に対して94もの議席を獲得し、結党からわずか4年で野党第一党に上り詰めている。一方、作中でもヒトラーが訪れた、ネオナチの筆頭政党、「ドイツ国家民主党(NPD)」は未だに議席を獲得していないので、必ずしもかつてのヒトラーの思想や構造が蘇っているわけではないことに注意されたい(急にそれっぽいことを言う)。

 

当時ナチスが政権を掌握してから反ユダヤ主義が広がっていったように、現代において中東からの大量の移民への反感や弾圧が強まっていくことで、更にAfDが支持を集めていき、かつての第三帝国のようになってしまう、その兆候は表れ始めているように思える。

 

そして、ご存じのとおりドイツ以外の先進国でも強い右傾化が見られるようになっており、強いリーダーシップや、外国人排斥、共同体からの脱退は、今日の右傾化国家に共通しているキーワードではないだろうか。

 

ヤバイ、もっとカジュアルなはずだったのに、めんどうくさい方向へ足を突っ込み始めてしまった。

 

 

本作のヒットを受けて、既に「帰ってきたムッソリーニ」の製作が進んでいるらしい。こちらも非常に興味があるので是非見たいところだが、ここで筆者は日本版を作るとしたら誰だろうかと思った。

 

日本において、既に亡くなっていて、熱狂的な支持者を獲得していて、偏向した思想や政策を掲げていて、当人のパーソナリティや見た目にインパクトがあって、その思想等を引き継ぐ後継団体があって、当時犯した違法行為の記憶が人々から薄れかけていている人物。

 

最近改めて盛んにニュースやワイドショー、特番で見かけたように思える。

 

筆者は当時まだ出生前なので、リアルタイムでその趨勢を見たことはない。

 

にわかに信じがたいのだが、筆者の同世代やそれよりも下の世代は、当時彼らが起こした事件を体験していないので、入団する際あまり障害にはならないらしい。

 

最も勢いがあった当時、メディアも面白おかしく取り上げていて、今日もテレビに出ている芸能人と一緒に映っている姿は、一瞬コラージュなのかと錯覚してしまう。

 

選挙に出馬した時は、全くの泡沫候補で政界進出は阻止されたので、55年体制もたまにはやるもんだと思ったとか思ってないとか[誰が?]。

 

当時作られた彼を賛美する歌やアニメーションなどは、今日まで動画サイト等でネタにされており、そこに彼らの凶暴性を感じることはないのではないかと思う。

 

不況や政治不信など、社会に不満が蔓延すると、それはカリスマを擁する組織にとっては好都合なのである。

 

謎にめちゃくちゃ言葉を濁してしまったが、それ以前に、既に現在の首相が総統仕様のチョビ髭を付けたコラージュを作られたり、独裁者と直喩されたりしているから、こっちはこっちで十数年後に「帰って来る」のかもしれない。

 

 

もっと雑に書くつもりだったが、今日に至ってもヒトラーを巡る問題は根深いものがあり、とても慎重になってしまった。

 

『帰って来たヒトラー』はコメディとしても、ドキュメンタリーとしても非常に興味深い題材で、瞬く間に「では自分の国ではどうか?」という命題が頭をもたげてきた。

 

そして、久しぶりにブログを書いたら〆方が分からなくなってしまった。とりあえず『帰って来たヒトラー』は見た方が良い。