オタクという生き方からは逃れられない

 父上が鉄ちゃんなので、実家には模型とかムック本みたいのが沢山ある。ということで、筆者は幼少期に鉄道博物館に連れて行ってもらったり、路面電車とかロマンスカー的なやつに乗せてもらったり、プラレールも結構買ってもらったわけである。

 

そんな父上の期待をブルータス並に裏切って中学生ぐらいからミリタリーに傾倒し始めた。

 

父上は鉄道以外にも洋画好きでもあり、特に007シリーズがお気に入りで筆者もよく一緒に観ていた。ただ、基本的に字幕だったし、なぜか毎回ボンドの顔が変わるし、シリーズを通しての話の筋まで理解できていなかったので、映画自体が面白いというより、ドンパチとか秘密兵器が面白いなという程度だった。

 

記憶の限り思い返すと、この原体験が後の銃器への興味の扉を開いたのだと思う。

 

そして、ちょうど小学生中期にN64ゴールデンアイがめちゃめちゃ流行って、もともと007好きで同名の映画も数回観ていたのも相まって、毎日のようにゴールデンアイをやっていたのが、後のFPS、TPS好きに繋がっていくのだと思う。

 

同時期にエアコッキングのエアガンが小学校で流行って、ちょっとワルい友達は上位のR指定電動ガンとかガスガンを使っていて、憧れの対象だった。放課後に公園とか団地で撃ち合いをしていて、中学生の時は筆者もベレッタとかコルトで幅を利かせていた。

 

加えて、中学生時代に映画『マトリックス』が公開された。もちろん家にはマトリックスのDVDが全巻あるし、確か3作目のレボリューションズは父上と映画館まで観に行った気がする。とにかく学校ではマトリックスブームで、みんなあの避け方をやっていた。

 

 

それで、中学生2年生ぐらいまでは全然普通に全くもって一般人だった(当社比)のだが、たまたまヤングマガジンでやっていた『極道つぶし』という作品との出会いが、生き方の路線を決定的に変えるきっかけになるのだ。

 

『極道つぶし』は、幼少期に母親を893に殺された女主人公マブシが、同じ境遇を持つ男主人公ユサと、敵の893を探し復讐するというストーリーなのだが、とにかくこのマブシというキャラが凄い良かった。

 

マブシは女でこそあれ、非常にキレ者で、策を巡らしてバンバン893を5ろしていくのだ。天性のガンマンであるユサとは対照的で、腕ではなく頭で戦うというのがとにかくカッコよかった。もともと女性への憧れというか、尊敬の念が強い少年だったので、夢中になって読んでいたのを覚えている。

 

そんなカッコいいマブシが使っていた銃が気になりだし、ネットで調べてしまったのが、上述した路線変更の瞬間だった。

 

 

「MEDIAGUN DATABASE」というサイトがヒットし、そこで調べた結果、マブシの得物はコルトM1911ソ連版であるトカレフことTT33であることがわかった。

 

いや、まずM1911ってなんやねん。そう思った。

 

なるほど、アメリカの銃をソ連がパクッたわけね。

 

ところでソ連ってなんだ?

※筆者が物心ついた頃は既にソ連は崩壊していた

 

ロシアってソ連だったのか・・・全然知らなかった・・・

 

これがいわゆる無知の知である。

 

ソ連はともかく、このMEDIAGUN DATABASEとの出会いが良くなかった。その直後にwikipediaを知ってしまったのも良くなかった。

 

稀代の帰宅部だったので、狂ったように毎日ネットで銃のことを調べあさり、自分の持っているゲームと比べてよだれを垂らしていた。

 

ヒットマンサイレントアサシンとか、コンフリクト・デルタII 湾岸戦争1991とか、SOCOM II U.S. NAVY SEALsとか、マーシナリーズとか買っていたので、銃器だけでなく、アメリカ軍にも傾倒し始めてしまい、完全にミリタリーにハマってしまったのである。

 

とは言うものの、ミリタリーに傾倒し始めた中学生終盤時期には、「この銃がヤバイ」とか「この特殊部隊がヤバイ」という話ができる友達が1人だけいたので、その友達に教えるために日夜調べていた部分も結構あった。

 

 

それで、中学3年にもなると周りは受験で内申点とか気にし始めるので、エアガンでドンパチしてくれる友達はいなくなり、高校に上がると唯一銃の話ができたその友達とは別れてしまい、ミリタリー調査の日課だけが残ったのである。

 

引き続き稀代の帰宅部であったので、平日の放課後はもちろん、休日もPCに歯型が付くぐらい一日中かじりついていた。しかし、1つのことを調べると、そこから無限に派生していくのがミリタリーである。1挺の銃から、その銃のスペック、それを作った会社、それが作られた経緯、実際の配備状況、そしてそれを使っている軍隊のことが気になりだす。

 

もともとアクション映画が好きで、銃を使う人のことも好きだったので、自然な流れだったと思う。

 

銃だけでもネットには莫大な量の情報があるが、軍となると、今までは手付かずだった船や飛行機や自動車など、それ以上に膨大な量の情報が現れることになる。もうPCに顔面がのめり込んで同化するぐらい毎日ネットで情報収集をしていた。兵器のこと、軍隊のこと、過去の戦争のことを調べまくった。

 

また、幸運なことに、早いタイミングで井上孝司氏のことを知り、同氏の基本的な理念に共感し、師と私淑したのでイタい感じのミリオタにはならなかった。

 

高校の中盤になるとミリタリー本も読むようになった。ミリタリー界隈は、結構キナ臭いというか、アレっぽい人が少なからずいる。いや、ミリタリーに限った話ではないが、そういう人を見極めるのには時間がかかるし、教えてくれる人もいなかったのだが、上述の井上氏が基準となって、誰の本を読むべきか、どの本を読むべきなのかわかったので、全く読書の習慣が無かったのに、ミリタリ本はエロ本並に真剣に読んでいた。

 

ということで、誰に話すわけでもなく、誰の役に立つわけでもなく、毎日気になること、興味のあることを調べて覚えることに幸福と興奮を覚える高校の3年間だった。

 

 

大学に入ると、友達が0人になった(比喩ではない)ので、更に黙々とミリタリに耽るようになった。休み時間や講義がない時間はPCルームで情報を吸収したり、ミリタリ本を読んだりしていた。あと、安全保障的な講義で、最初の1回しか出てないのにテストが全部普通に解けたときに、初めてミリオタが役に立った。ミリオタで良かったと思った最初で最後の瞬間だった。

 

しかし、ここまで順調だったミリタリ吸収に限界が訪れた。

 

早い話、現代のミリタリーを突き詰めると科学の話になってくるのだ。兵器がどんどん自動化、機械化されていき、最新のテクノロジーを理解しきることができなくなってきた。また、物理の自頭もないと理解しきれないことも増えてきた。

 

元々のモチベーションが知らないことを知っていく、理解して覚えるときに得られる多幸感が主成分だったので、理解できないことが増えてくと覚えられないので、どんどん難しさのほうが勝ってしまったのだ。

 

そういうわけで、ミリタリーを追いかけたり調べまくるのは大学2年生ぐらいで止めてしまったのである。

 

7年ぐらいミリオタだったわけだが、今でもその手のことは大好きだし、当時の蓄積は今でも大切な遺産である。特に役には立たないが、その手のゲームや映画の演出を人より楽しみきれてはいるのではないかと思う。

 

 

それで、同じかそれ以前から声優オタクでもあったわけである。

 

小学生の時ぐらいは、おそらく人並みにアニメは観ていた。しかし、高学年になって、深夜にヤバイアニメをやっていることを知ってしまった。『ちょびっツ』とか『グリーングリーン』とか『ニニンがシノブ伝』とか、そういうやつである。明らかに朝や夕方にやっているものとは異なっていて、それを観ている友達は誰もいない。いや、ホントはいたのかもしれないが、筆者と同じで秘密の趣味だったのだろう。当時はまだアニメオタク=ヤバいやつだったので、電熱棒を両鼻に突っ込まれても観てるとは言えなかったのだ。

 

それから、経緯は全く覚えていないが、放送2年目ぐらいからの『堀江由衣の天使のたまご』を聴いていた。その後ぐらいには『田村ゆかりのいたずら黒うさぎ』も聴いていた。深夜アニメと平行していわゆるアニラジをめちゃめちゃ聴き始めたのだ。なにかを察した父上も良さげなラジオを買ってくれた。子の心、親シリーである。

 

決定的にヤバかったのは、やはり小野坂昌也さんと浅野真澄さんと鷲崎健さんだろう。テレビはアニメ以外ほとんど見なくなっていたし、人と話している時間よりも文化放送を聴いている時間の方が長かったように感じる。あと野球とオリンピックがめちゃめちゃ嫌いになった。天たまの100回記念焼肉屋放送がオリンピック中継で放送されなかったことは、未だに根に持っている。

 

声優さんを多く知る最大のきっかけになったのは、ナルトのラジオ『オー!NARUTOニッポン』である。メインMCの竹内順子さんに加え、月替りで主要キャストがゲスト出演していたので、幅広い年代の声優トークを聴くのに慣れたのだろう。とにかく毎月誰がゲストでくるのか楽しみで、毎週ワクワクしながら聴いていた。

 

ちなみにこれは中学生の時の話だが、ナルトでは白が好きで、1回限りのゲストで白役の浅野まゆみさんが出たことがあった。しかし、外出したせいで聞き逃してしまいかなり後悔したのだが、後日新聞の文化放送の欄に浅野さんが出ているラジオを発見して聞き始めたのがアニスパだった。まゆみさんとますみんは何から何まで別人の声優さんで、浅野違いで聞き始めたアニスパだったが、これが結果的にその後最終回まで聴くことになる、とても思い入れ深い番組との馴れ初めである。

 

 

中学生になると、家庭内の規制も緩くなり、また自分の体力的にも連日深夜まで起きれるようになったので、毎晩深夜アニメとアニラジを嗜んでいた。部活にも入っていたが、土日も朝から必ず練習があり、朝のアニメが見れない上に、顧問とめちゃくちゃ折り合いが悪かったので、半年ぐらいでゴースト/ニューヨークの幻になってしまった。人生における楽しみが、完全にアニメ声優になり始めていた。

 

ほっちゃんゆかりんは本人や歌とか演じるキャラが好きというより、単純にラジオが面白くて好きという程度だった。本人のファンというよりもシンプルアニラジファンだったわけである。ということで、中学生にして初めて好きな声優さんができた。

 

ゾイドは小学生の頃にアニメをやっていて、よく友達の家でゾイドを使って遊んでいた。だから『ゾイドジェネシス』を観るのは必然だったと言えよう。初めてアニメのキャラが好きになった。ちなみにレミィ派だった。3年ぐらいしてから「あれ?俺ってもしかしてロリコンか?」と思った。結果的にはストライクゾーンがめちゃくちゃ広いだけだった。

 

ジェネシスが凄い面白かったのと、キャラが好きだったので、その声優さんも好きになってしまった。こやまきみこさんと伊藤静さんが初めて好きになって声優さんである。この6年後ぐらいだが、こやまさんは、初めて実際に喋った声優さんでもある。テンパりすぎてダメなのを知った上で「握手してください!」と言ってしまいマネージャーさんにめちゃくちゃ止められた。

 

それでも、そういう話をできる友達は皆無で、もちろん家族にも隠していた趣味なので、中学時代のアニメ・声優趣味は、完全に自分の影の部分になりつつあったのである。

 

 

割と最初の転機が訪れた高校時代。あるクラスメイトにうっかりスケルトンぐらい口が滑って、ネギまの声優がどうとか、17歳がオイオイだか、そういうことを口走ってしまったのだ。

 

正直黙っているのが限界だったのだと思う。バレたくないと思う一方で、気づいてくれと思っている筆者がいたのだ。結果、めちゃくちゃバレた。彼もその手の人間、こちら側の人間だったのだ。

 

経緯は忘れたが、毎日学校で会うのに毎日ホットメールで文通するようになった。基本人に話したい、知識ひけらかしたい病なので、凄く痛かったと思うが、フーバーダムが決壊したのかってくらい、今まで溜め込んでいた分、メール文に書きたいことを書きなぐりまくり、その返信を貰いまた返し、初めて人と趣味が共有できる幸福を享受していたと思う。

 

学年が上がって、完全にオタクの友達が複数人になって、人生で初めて純粋に学生生活を謳歌していたと思う。楽しく毎日アニメや声優の話ができたのは、後にも先にもこの時だけだったと思う。

 

上述したとおり、放課後はお急ぎ便で帰宅してPCでかじり虫だったわけだが、ミリタリーを調べながらずっと文化放送の超A&G+を見聞きしていたわけだ。当時はネットラジオ自体が黎明期で、超ラジが始まったばかりで、音泉とかはうたわれのラジオが有名になり始めたぐらいだった気がする。記憶違いだったらスマソ。

 

ミリタリー情報のブラウジングネットラジオの相性はすこぶるよく、スミノフとEDMぐらい最高の組み合わせだったので、高校時代のほとんどはこの2つに傾倒しきっていた。

 

「好きな声優」という考え方が産まれた結果、デビューしたての新人声優さんも好きになり始めて、伊藤かな恵さんとか戸松遥さんとかは特にヤバかった。かな恵ちゃんは初めて生でみた声優さんでもある。大学生になってから、講義終わりで浜松町に直行して超ラジの公録の最後の部分だけ見れた。こんなんでも、とても大切な思い出である。

 

 

高校3年の終わり頃に、ますみんと小野坂さんが始めたという理由で自分も始めたTwitterだったが、しばらく芸能人しかフォローしていなかった。しかし、大学生になったときにMy PCを買ったことと、『ドリームクラブ』界隈とつながり始めたことで、Twitterが本来の自分が存在する世界になり始めた。ちなみに最初のアカウントは色々あって削除してしまった。マジで職場でTwitter見ない方が良いよ。

 

Twitterが主戦場になったのは、高校の時のように共通の趣味の友達を一気に失ったことも大きかったし、自分より詳しい人が山のようにいたからだろう。特にドリクラクラスタはヤバイ人が多かった。過去形なのは、バレーボール並に上がって落ちた人がほとんどだから。それでも当時の衝撃はすごかった。キャラ強いやつ多杉(原文ママ)なわけである。俺も負けてらんねー!ふぁぼ稼ぐぜ!と、当時はいつもそんなことを考えていた。いや、今もか。

 

それから高校以来ガラケーだったが、Twitter見すぎてパケ代が水素爆発したのでスマホに替えたのもTwitter常駐を手伝ったわけである。

 

 

幸か不幸か、自宅と大学の距離が当時の肌感覚で東京-山口間ぐらいあったので、多少の移動距離、移動時間ではびくともしないサイボーグと化した。これが、長年完全在宅オタクだった筆者を変える第2の転機だった。

 

東京に出てくるようになり、通学路に秋葉原があり、Twitterでは毎日のよう最新のアニメ・声優情報が入ってくる、デビューしたての好きな声優さんがいる。となると、そうだイベントいこうとなるのだ。

 

PC購入と同時に初代ブログを更新し始めていて、最初期はラジオやアニメの話がメインだったのだが、徐々にライブやイベントの感想レポに比重を置くようになっていった。

 

今回は割愛したが、ミリタリー+深夜アニメ=『BLACK LAGOON』にハマり、後にMELL様のファンになるわけだが、大学生の時に行ったMELL様の2ndワンマンの人生初ライブで、そこでレポを書く喜びを知ってしまったのである。

 

イベントのレポが微量ながら他のブログ様で紹介されたのと、Twitterの相互フォローをきっかけにして、ネットで知り合った人と実際に会うという経験を初めてした。この後、めちゃくちゃすることになる。初めて会った人がめちゃくちゃいい人で、本当に幸運だったと思う。未だに交流があって、あっという間に8年来の友人になった。

 

同時にドリクラクラスタ箱○クラスタとも知り合うようになるのだが、趣味は共通しているのだが、正直、「人としてどうか」みたいな人が少なくなかったが、オタク《友達》ができたことにテンションが上がりきってしまい、かなり人選眼が狂っていたと思わざるを得ない。マジで色々あった。結果として、圧倒的に良い思い出の方が少ない。

 

話がずれてしまったが、とにかく、全くトゲのない完全在宅オタクだった筆者は、大学進学後はネットで友達を作り、イベントに行き、感想をネットに書き、また友達を増やすということをやっていたのである。オフ会も積極的に参加していた気がする。

 

大学で友達を作らなかったのと、ミリオタを辞めたのはこれが理由である。他に楽しいことができた、これが本音。

 

中略

 

大学卒業間近に他界を経験したのと、その後趣味を仕事にしてしまったことで、第3期が始まる。

 

好きな声優さんに普通に会えるようになったり、情報戦において他のオタクよりも圧倒的有利な立場になったり、推しがドル売りされてしまい、CDやブルーレイを積んで参加券応募券をかき集めるのが常態化し、週末は地方に遠征というのが普通になってしまった。冗談で言った海外遠征もするハメになった。積んだCDを売ってまたCDを積んでいるときは深いことは考えないようにしていたが、やっぱ変だったのだろうか。

 

代償として、まずアニメが全く見れなくなってしまった。仕事の関係上、ブログで書けないことが増えた上に、そもそも書く余裕も全く無くなり放置気味になってしまった。ラジオも聴けないし、子供の頃から大好きだったお笑い番組も全く見れなくなってきた。そして、だましだましやっていたが、なんと言ってもお金が無くなってきた。イベントや遠征のために休みがちでもあったので、ダブルパンチだった。

 

他にもネットに書けないことが色々あり、限界を迎え、超えてしまい、一度全部やめることにしたのである。

 

 

小中学生の頃は、密かなる自分だけの世界、自分だけの楽しみだった。高校生の頃は初めてそれを人と共有する喜びを知った。大学生の時はライブやイベントを一緒に体験して、それを発信して評価される面白さを知った。その後は、自分が楽しんでいたフィールドの内側にめり込んで、楽しませる側、提供する側になった。

 

毎年のように、去年こうはなりたくないと思っていた人物像に、自分がなっている気がした。最初は、その瞬間が一番楽しいから別に良いかなと思っていたし、良い思い出は物凄く沢山あった。それでも、毎回どこかで自分を曲げていた部分があったし、いろんなことが積み重なって、曲がった状態ではその重みに耐えきれなくなってしまったのだと思う。

 

ずっとロンリーウルフでやってきたけど、やっぱりどこかで羊の群れに憧れがあって、それこそ羊の皮を被ってみたものの、やっぱりちげーなとなってしまったのだ。

 

 

在宅どころか、オタクですら無くなったので、とりあえず自分が好きなようにすることにした。

 

お笑い番組を観まくって、映画や海外ドラマを観まくって、ゲームをやりまくって、組長の影響でもがたんぺにハマって、そして日本語ラップにハマった。

 

前出のディアステ繋がりということもあり、更に組長という強力な後ろ盾もあったので、でんぱ組.incのライブに行こうかしら・・・と思っていたらもがちゃんの脱退。これはまだ現場には行くなという啓示だと素直に受け止めることにした。

 

それでも、もがちゃんには知らず知らずのうちに、相当励まされ、助けられたと思う。ありがとうもがちゃん。

 

 

お笑いはオンバト世代なので、その後のお笑いブームとネタ見せ番組の質の低下というか、自分とは合わないなと思うことの方が増えたので見なくなっていたのだが、たまたま千鳥の番組を観て死ぬほど笑ったことと、三四郎の台頭により、かつてないほどにお笑い熱が急上昇しはじめた。

 

元々千鳥は凄く嫌いだったのだが、キングちゃんを観て自分が間違っていたのだと猛省した。今ではネタを暗唱できるぐらいには好きになった。間違いなく一番好きなコンビである。

 

三四郎はネタが凄い面白くてすぐハマってしまった。あれだけ番組出ていてもネタを頑張っていて、番組で得た力をネタで発揮していて本当に凄いと思う。平場も面白いし、ラジオも面白いのでとても愛している。

 

 

日本語ラップは、元々ドリクラ界隈から微かに聞こえてきた『フリースタイルダンジョン』から入った口である。もっと厳密に言うと、DOTAMA vs ACEが面白くてハマり始めた。

 

元々アニソンばっかり聴いていたが、そういうのが聴けない身体になっていたので、全く知らないHIP HOPというジャンルは新鮮で、隙間を埋める以上の影響を与えてくれた。

 

バトルも好きだが、音源も素晴らしいものが沢山ある。音源の知識が増えると、バトルで新たな発見があり、そこからまた新しい音源やサンプリング元を知り、更にバトルが面白くなるという、相乗効果によるニヤつきが止まらない分野なので感動している。

 

般若や呂布カルマなどお気に入りのラッパーが見つかると、そこを重点的にディグるようになり、彼らのリリックやバトルでのラインやビートからまた新しい興味や知識を得ることで、更に素晴らしいものとの出会うことができるようになっていく。

 

そうすると、徐々に生でバトルやライブを観てみたいという欲が産まれてくるのだ。

 

 

ん?ちょっマテよ?

 

 

物凄い既視感だった。

 

 

むさぼるようにラッパーの名前や出自や音源、バトルでの戦績を調べ覚え、点と点の繋がりを発見していく。去年までは皆無と言って良い日本語ラップの知識を、死んでいたはずの脳みそがダイソン並に爆音をたてて吸い込んでいくのを感じている。この掃除機はコードレスゆえに、充電が切れるまでまだまだ情報と知識を吸い込んでいくのだろう。

 

 

元々は、銃のことも声優のことも何も知らなかった。HIP HOPのことに至っては、何を知らないのかすらも知らなかった。

 

今は、3分野とも耳かき小さじぐらいは知ってることがある。色々失うものもあっても、最後には知識だけ残るのだとようやく理解した。ただ単純に、沢山知りたいだけなのだ。

 

いつか何かのキッカケで、HIP HOPからも距離を置くかもしれないし、替わりに何かのことをもっと知りたくなっているかもしれない。

 

どこを目指してるとか、目標はどうどかではなく、人より沢山知りたいだけ。知ってることなら何でも知ってるようになりたいのだろうか。

 

どの時代も現実的な部分で自分が見いだせず、趣味に没頭することでしか生きてこれなかった。今は日本語ラップに生かされているんだと思う。だからすべての分野、文化に感謝している。

 

イカした文化のおかげて今日も生かされます。

 

すべてのクリエイター、表現者に感謝。

 

ありがとう、オリゴ糖

 

スッキリした。

MELL様の新曲『Wanderful days』が発売されていた

2013年3月発売のアルバム『Entrust 〜the name of MELL〜』以来、活動休止状態だったMELL様の新曲『Wanderful days』が4月3日に発売されていたらしい。

 

https://twitter.com/atsuhiko1966/status/981023244890222592

Amazon CAPTCHA

 

事実だとすれば、実に5年ぶりの新曲ということになる。

 

「だとすれば」というのは、リンク先を見ての通り、歌手名は記載されていないからである。しかし、この曲は、過去にI'veに所属していたこともある、中坪淳彦さんのソロプロジェクトFish toneのだということはわかる。

 

かつてMELL様もFish toneの3rdアルバム『noyau』にボーカルとして参加していたこともあるし、『祈りの時代』の作曲も中坪さんである。

 

類推はともかくとして、ホントにMELL様なのか、実際に聴いてみて自分で判断する他ないのだが、聴いた瞬間めちゃめちゃ泣いた自分の感性を信じたいと思う。

 

冷静を装っているが、非常に動揺している。というのも、不定期の日課としてやっている、『砂漠の雪』→『Fly to the top』→『美しく生きたい』の連続再生をしてから寝ようとしたところ、何かに導かれるかのようにTwitterで「MELL様」で検索して発見したからである。

 

本当にたまたまTwitterで検索してたまたま見つけたのでにわかに信じがたかったが、デモを聴いた後、購入に至るまでの時間はそうかからなかった。また、中坪さんのツイートによる発表が4月2日だったので、比較的早いタイミングで知ることができたのも幸運だった。 

 

 

そう言えば、2ndライブの後もMELL様は療養されていたことがあって、その後震災もありとても不安だったのだが、突如『START OF THE STRONGEST ~我今、最下層にて~』が発表されて、とても驚いたと共に、久々に力強く激しい歌声を聴いて、今までの不安が嘘だったかのように安心し喜んだことを思い出した。今回のことは、それにとても似ているなと思った。

 

 

Entrustの時、卒業とか引退とか休止とか、正直もう良くわからなくて、とりあえずアルバムを聴き込んで、そこにあるメッセージを受け取ろうと思い、できるだけ深く考えないようにしていたので、青天の霹靂だった。生きていて、こんなに嬉しかった日があっただろうか、いやない。

 

何もかもMELL様のまま、という表現が正しいかもわからないが、とにかく、あてもなくずっと彷徨って探していたものが見つかった感じがした。自分では見つからないし見つけられないから諦めたつもりではいたが、ずっと心の一番奥でこの日を待っていたのだと思う。

 

あまりメディアに出る方ではないし、ライブも一度しか行ったことがない。よくよく考えてみると、実は人となりを知らないのだが、その代わり残された沢山の楽曲から色々なメッセージを受け取ってきたつもりなので、今回も『Wanderful days』そのものが今のMELL様からのメッセージなのだと感じたのである。

 

この5年は、最も大切な支柱を失い、色々な騒動に巻き込まれて、失意のまま過ごしてきた最も暗く辛い5年だった。しかし、それがある日突然『Wanderful days』に変わっていった瞬間だった。

 

いくら感謝してもし足り無い。中坪さん、MELL様、本当にありがとう。生きてて良かった。とても素晴らしい最高の一曲をありがとう。

くろは最高傑作『有害指定同級生』について

先日、ハイパーメディアクリエイターのくろは先生の最新作『有害指定同級生』のコミックス第一巻が発売された。

 

f:id:minekunnu:20180409085445j:plain秋葉原とらのあなにて筆者撮影

 

思い返すと(突然の回想)『帰宅部活動記録』がテレビで放送された当時、隣の青いビル(宗教上の理由で明示は避けたい)に買いに行くと、同時期に放送されていた『私がモテないのはどう考えてもお前らが悪い』は平積みで展開されているのに、同じWeb雑誌で連載されている『帰宅部活動記録』は見当たらなかった。ファ◯クと思い、仕方なく少し離れた所にあるオレンジのビル(宗教上の理由で明示は避けたい)に買いに行ったのだ。

 

あれから数年(単純な計算ができない)経ったが、同じくろは先生の最新作がトゥラヌアヌ(ギリシャ語)で平積み&POP展開されているのは嬉しさと驚きと心強さ(集英社が後ろ盾的な意味で)を感じざるを得なかった。

 

そして筆者がわざわざトリェノアニィ(ロシア語)で本書を買ったのは、他でもないおまけのリーフレット(小冊子)目当てである。

 

かつては、前作の『NEWS×it』第一巻の法人別特典を揃えるがために複数冊買ったことがあったが、今回は2法人が大きめの紙で、タイガーホール(英語)が8P(ここでは複数人での性交を指さない)小冊子ということで、初手よりトーラーノアーナー(イタリア語)で買うことを決めていた。

 

すると、SNSの情報から、その小冊子にはくろは先生が創った21世紀のバイブル『帰宅部活動記録』の道明寺桜部長が1コマ登場するということを知り得た。これはもう腎臓を売ってでも買うしか無いということになったのだ(実際に売ったのは時間である)。

 

ということで、久々にくろは先生の新作を手にすることができたのである。筆者は基本的にコミックス派であり、連載開始当時から、早くまとめて読みたいと思っていたので、溜めに溜まったダムが放水をして発電を開始したようなリビドーがあった。

 

 

面白い。マジでめちゃめちゃ。面白い(季語:マジ[初春])

 

 

くろは先生の作品は基本的に全て面白いし、最初にして最高である『帰宅部活動記録』も最高だったが、正直ここまで笑っただろうか?というほどに毎ページ、いや、毎コマ笑った。『カイジ』でもここまで素早いペースで笑わなかっただろう。とにかくスゴイ。ゴイスーである。

 

本作はくろは先生の集大成であるように感じた。つまり、『帰宅部活動記録』及び『マジカルロリポップ』の女子高生コメディ+百合性と『NEWS×it』の2人漫才形式の掛け合いの融合である。例えるならからあげカレーラーメン牛丼みたいなもので、それぞれの良いところが良い形で良く混ざりあった印象である。要素ごちゃまぜミックスのようで、逆にシンプルなのに、味に深みと豊かさがあるのである。

 

そして、何と言っても本作はドドドドド下ネタ漫画である。成年誌でもなく、エロ漫画でもなく、【下ネタ】漫画なのである。行き過ぎず、行きなさすぎない、ちょうどいい所まで行っててくれるのである。絶妙な行きのラインの際、素晴らしい行きである。

 

特に、往年のくろはファンは崇高で清純で尊い【ゆりは(くろはの百合)】を、表向きはニコニコ笑顔で拝んでいながら、裏では大樹の根のように地深く暗いところで背信的で淫靡な妄想をしているので(断定)、くろは先生が自ら猥褻性を全面に出してくれるのは、堂々と性欲のギアを6速に入れることが許されたということなのである。

 

早い話、みんなくろは先生のえっちな漫画が読みたかったのである。

 

くろは先生、本当にありがとうございます。

 

 

ということで、新作『有害指定同級生』は、これまでのくろは先生の作品性を踏襲しながらも、新たなくろはワールドの広がりを予感させる大傑作であると言いたい。本当に最高なんだよもう。

 

 

最後に、筆者自身に向けても言いたいことがある。おまけの小冊子で桜部長が出てきて、本当に嬉しかった。ちょっと泣きそうになった。しかし、帰宅部もう帰ってこない。本当に帰宅してしまった。そして、非常に身勝手ながら、あえて新規の桜部長を描いてくれたことに、くろは先生からの愛のようなものを感じた。自分でも感じ過ぎだとは思う。既に、新作の有生(ありなま)が走り出していながら、未だに帰宅部に思いをはせ続けていると、虚しさを感じる日も少なくない。だが、やはり創造主たるくろは先生の描く桜部長には、特別な思いを抱かざるを得ない。嬉しさもあるが、半分悲しさもある。うだうだ書き連ねているのに、その感情を上手く表現することもできない。般若の言葉を借りると、「忘れないでね 消えても」そいう言葉が思い浮かんでくる。一日たりとも忘れたことはない。新作、新キャラを応援しなくてはならないという建前が強くなれば強くなるほど、あの時の楽しかった思い出がギラギラと胸を刺してくるのだ。もちろん、有生はめちゃくちゃ面白い。それだけは嘘偽りない、建前でもない。しかし、あの時と同じ気持ちで楽しんで応援しているのかと、自分に問いかけてしまうのだ。お前なんなんだよと自分に言いたい。思慮深いフリしてバカなだけでしょって言いたい。だから、今はこれ以上言えない。おまけで桜部長見て泣きそうになった。今はそれだけ。あとは、やっぱりありがとうくろは先生。新作も本当に面白かった。これからも先生の目障りにならない程度、自分のできる形で応援していきたいと思う。

 

 

そう、俺たちの戦いは、まだ始まったばかりなのである。

木戸衣吹と日本語ラップ

個人的に日本語ラップの原点といえば、吉幾三さんだと思っている。

 

そう、幾三さんの大ヒット曲『俺ら東京さ行ぐだ』である。

 

近年では、TBSの『水曜日のダウンタウン』にて「吉幾三俺ら東京さ行ぐだと同じ状況の村 現存する説」で最注目されたことでもおなじみである。

 

私が幾三さんを推している理由は、定期的に聴いているから、これに尽きる。年間でも必ず1回以上は聴いている。これだけ古今東西の音楽が溢れかえっている時代でも、年1回以上というのは驚異的な数字であることに議論の余地はないであろう。

 

 

さて、この話自体どこでするか悩んだが、あえてここでしていきたいと思う。

 

木戸衣吹さんと言えば、声優界において、20歳までに演じた主役の数が日本トップレベルであることでお馴染みである。その中でも特に筆者の思い出深い作品がアニメ『精霊使いの剣舞』である。

 

本作においては、アニメそのものよりも、メインヒロインを演じた声優5人によって結成されたユニット「にーそっくすす」の方が、今も筆者の記憶に色濃く残っている。

 

数あるにーそっくすすの楽曲の中でも特に異色だったのが『KN33SOXXX』である。キャラソンでラップというのは、かなり衝撃的だった。

 

もちろん、ラップを取り入れたアニソンというのは昔から少なからず存在していたし、世代的には『ポケモン言えるかな?』とかは、かなりの強めのそれだったと思う。

 

しかし、好きなグループの曲、好きな声優の曲でラップとなると、かなり見え方も印象も違うもので、産まれ初めてライブで聴いたラップの曲も『KN33SOXXX』だったため、かなり衝撃的なナンバーとして記憶されている。

 

この『KN33SOXXX』という曲は、元々はCherry Brownというラッパー兼トラックメーカーの『にーそっくす☆』が原曲であり、こっちはリリックもビートもかなり重め(婉曲表現)である。そのため、原曲と比べて、アニソン向けに綺麗に作り直したんだなという感じがする。

 

大本の曲がだいぶヒップホップしているので、リマスターされた『KN33SOXXX』もそのソウルが感じられるのだと思う。それ用に書き下ろすのではなく、既存のヒップホップをにーそっくすす用にアレンジしたのはかなり良かったと思う。

 

というのも、世の中にはヒップホップっぽい曲、ラップっぽい歌詞やフロウの曲はかなりあって、正直それらは結構な確率で滑っている感じが凄い(当社調べ)。そうであるから、骨太ラップを支柱に作った『KN33SOXXX』はかなり良質な出来だった。

 

にーそっくすすは他の楽曲もかなり良かったし、曲作りに対する選球眼は目を見張るものがあったと今でも思っている。

 

 

それでようやく木戸さん演じるクレア・ルージュ a.k.a. クレア・エルステインのパートの話だが、非常に良い。当時木戸さんはまだ高校生だったように記憶しているが、間違いなくキャラがラップをしているようにしか聴こえなかった。

 

ライミングは甘めでビートも早くないので、難しくやっている感じでもなかったし、とにかく自然なのである。ライブでも手でYo Yoやっていて(一般的なヒップホップのステレオタイプな仕草)楽しそうだった。

 

 

この次点で木戸さんのラップはかなり様になっていたのだが、思い返してみると、デビュー当時からそれっぽいことはやっていたのではないかという仮説が思い浮かんできたので、話が前後してしまうが、更に回顧してみたいと思う。

 

 

懐古厨的には、まず最初に、木戸さんの衝撃のヒロインデビュー作であるアニメ『お兄ちゃんだけど愛さえあれば関係ないよねっ』のエンディングテーマ『Lifeる is LOVEる!!』と、同作のラジオのテーマソング『LO♡ブ-ラ♡VE コンプレックス』が思い起こされる。

 

『Lifeる is LOVEる!!』は、同作のヒロインを演じた声優4人によって歌われており、歌詞の一部でライミングしていたり、サビ以外がセリフ調であったりと、かなり「ソレ」のニオイをさせている楽曲である。

 

木戸さんと一緒に歌っているのは、喜多村英梨さん、茅原実里さん、下田麻美さんであり、声優界きっての歌うまでもある彼女らに囲まれながらも、存在感を失うことなく力強く歌っているので、今聞くと非常にエモーショナルな気分になる。

 

 

演じる姫小路秋子として歌った初のキャラソン『LO♡ブ-ラ♡VE コンプレックス』もかなりセリフ口調よりで、あえてこうすることで歌唱というハードルを下げたのではないかと推察される。

 

しかし、口語になったことでやや譜割りが詰め詰めのところもあり、早口言葉に近い部分もいくつかある。ラップまでとはいかないが、めちゃくちゃ薄っぺらい歌詞でありがちなJ-POPもどきのキャラソンより何京倍も良い楽曲に仕上がっているのではないかと思う。

 

それもそのはず、作詞者が筆者の大好きなTECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUND松井洋平氏であるからである。やっぱりTECHNOBOYS PULCRAFT GREEN-FUNDなんだよなぁ。

 

そういうわけで、精一杯頑張ってこじつけてみると、デビュー初期の楽曲からかなりその潮流を見せていたことがわかる。

 

 

さらに、翌年に出演したアニメ『帰宅部活動記録』で、演じる安藤夏希として歌ったキャラソン『女の子の法則』でもその潮流を垣間見ることができる。

 

この曲もメロの部分がややセリフっぽい仕上がりなのだが、Aメロでは小節の終わりを毎回「◯◯って」で脚韻している。また、サビ部分の「フリル スリル モラル メール」という「ル」の脚韻は、同作では特に人気の高い「しりとり回」で出てくる「る責め」というテクニックを彷彿とさせるニクイ演出である。

 

また、一見普通のキャラソン風味なのだが、強めにハイハットシンバルの4打ちビートが入っており、やや「ソレ」感を見て取ることができる。これには筆者も思わず横ノリしてしまう次第である。

 

 

 

それからなんやかんや3,4年ぐらいあって、一番衝撃だったのが、木戸さんが山崎エリイさんと組んでいる(2017年11月9日現在)声優ユニットevery♥ing!のアルバム『Colorful Shining Dream First Date♥』に収録されている『ヒロイン』という曲である。

 

これまでのこじつけが嘘のような、正真正銘ラップ曲である。ありがとう。

 

『ヒロイン』は、AメロBメロサビという形ではあるのだが、どちらかというと、バースとコーラスで構成されているように感じられる。さらに終盤にはフリースタイルを取り入れ、あえての落ちサビのような部分を取り入れ、サンプリングで弾みを付けて、もう一度コーラスに戻るという面白い作りである。

 

『ヒロイン』というだけあって、1人の女の子としての片思いの恋愛感情を、2人が声優であることになぞらえて、自分を女優に見立てて歌いながら、およそ2人のリアルな日々の生活感を溶け込ませた技巧的なナンバーである。

 

リリックでは頭韻も脚韻も下品になりすぎないレベルで程よく散りばめられており、完全押韻の「眉間にシワ」と「遺伝子にさ」はまだR-指定も踏んでないのではないかと思う[要出典]

 

2番の後には、トレンドとしてフリースタイルバトルパートがあり、2人が世の中の誰かと戦っている。おおよそ2人のリアルな思いが込められた言葉なので、メタ的な面白さがある。特に木戸さんは言い方に喜怒哀楽があり楽しんでる感じが凄いように見受けられる。

 

ラップ色を強くしすぎないためか、Cメロではコード進行が打ち込みのビートからピアノになり、メロもマイナーになる。ここでちょっと湿っぽく落ち込むのだが、その後が非常に良い。

 

急にドラムビートのみになって「笑い飛ばしてバース蹴っ飛ばす」という、RHYMESTERの『B-BOYイズム』のMummy-Dパートのサンプリングが取り入られており、これがアクセントとして上手く決まっている。更にその直後が「ライツ カメラ アクション」なのも、かなり日本語ラップの教科書的な曲に仕上げたことがわかる。

 

 

どうしても2人を比べてしまうのだが、全体的にやはり木戸さんの方が良いフロウを持っている思う。セリフになり過ぎず、歌になりすぎず、何よりちゃんと楽しんでラップしているのがよく分かる。

 

以前からラップに近似した楽曲を歌っていた木戸さんだが、本人のノリの良さ(?)も相まって、非常に良い仕上がりである。集大成と言っても良いのではないかと思う。

 

 

この影響を受けてか、先日行われたevery♥ing!のライブツアーの青森公演では、ソロパートで幾三さんの『俺ら東京さ行ぐだ』を歌ったらしい。

 

以前から木戸さんが同じ青森県出身の大スターとしてしばしば名前を出していることはあったが、このタイミングで同郷のスターの日本語ラップナンバーを歌ったのは、『ヒロイン』あってのことなのではないだろうかと、在宅なりに思考をめぐらしている今日このごろである。

 

 

木戸さんは、昨年放送されたアニメ『とんかつDJアゲ太郎』で、辛口な選曲で知られるDJ唐沢シオリを演じていた。同作をイメージして作られたevery♥ing!の『HELLO, NEW WORLD!! 』はテクノとEDMを混ぜたような感じで、非常に筆者好みの曲で大変嬉しかった。

 

自分の好きな人が好きなタイプの楽曲を歌ってくれるというのは、至上の喜びであり、『HELLO, NEW WORLD!! 』の時の悦びを『ヒロイン』で再び味わえるとは思わなかったので、自分は非常に恵まれているなと思った次第でもある。

 

 

ということで、個人的には、木戸さんはラップをするスキルとセンスを磨いてきながら、良質の経験を積んで来たのではないかと思う。在宅なりの希望としては、ソロでのラップ楽曲の制作やそういうキャラクターを演じていただければこれ幸いだと思う。

 

 

 以上、木戸さんと日本語ラップの話である。

 

ここまで読んでくれてありがどう。

 

peace out

もがちゃん、ありがとうの歌

歌おうと思ったけどブログは音声が流れないので文体にしていきたい。

 

急に超個人的な話になってしまい申し訳ないのだが、昨年、2006年の12月ごろ、色々あって本気で死を意識した時期があった。その前後もけっこうヤバめではあったのだが、特に12月は、長州力と戦った後に担架で運ばれながら真鍋アナと話してるときの大仁田厚ぐらいヤバかった。

 

ちょうどその頃は、ゲームオブスローンズのシーズン5をHuluで観終えたので、Huluを解約したばかりであった。しかし、時間はすこぶるあったので、狂ったようにゲームをしていたのだが、いかんせん持て余すのだ。それは、基本的にドラマか映画を観ながらゲームが主なスタイルであった為である。

 

 

そこで、『最上もがのもがマガ!』である。

 

 

アメーバなのにアベマという配信サービスがあるらしいと小耳に挟んだのは、私も愛読している漫画『ドリフターズ』のアニメが、アベマが最速放送だと、筆者の平野浩太氏がツイッターで宣伝していたからである。

 

ドリフ(荒井注らのことではない)はアベマで観ていたので、他にも何か面白い番組はないものかザッピングしていたところ、本当にたまたま偶然奇遇にもお昼の再放送枠でやっているのを発見してしまったのだ。

 

 

それが、『最上もがのもがマガ!』である。

 

 

もうシンプルに面白かったというのが全ての感想である。

 

私は一番の舎弟で若頭でもあるので、でんぱ組.incの曲はときたま聴いていた為、もがたんぺ a.k.a 最上もがさんのことは知っていた。知ってはいたが、でんぱ在宅オタとしてはピンキー a.k.a 藤咲彩音さんが推し(理由:顔がかわいい)だったので、視聴に多少の躊躇いがあったことは想像に難くないだろう。

 

というのも、そもそも筆者はグループの誰かを推すとき、一番人気がありそうな所にはいかない傾向がある。思いつく限り浮かべると、例えばモー娘。なら久住小春さん、SMAPならゴロウちゃん、関ジャニなら横、平成なら八乙女クン、TrySailならナンちゃん、WUGならかやたん、特別深い理由があるわけではないが、とにかく看板的な、センター的な人は選ばない傾向にある。わざとそうしているのか、結果としてそういうタイプの人を好きになるのかはわからないが、統計的にはそのようなのだ。

 

そういうわけで、私が知っている湯葉より薄い情報に基づいた印象によると、もがちゃんはピンチケとかが顔で選んでとりあえず推す、いや推してすらいないが、とりあえず集まってくるハチミツ的な感じだったのだ。しかもバチボコに可愛い。しかも美乳。普段であれば、もう絶対に避ける要素しかないのだ。

 

 

そういう先入観があったから、もがマガでもがちゃんが自由奔放に暴れる様子(筆者の観点が多く含まれる表現であることに注意)は、非常にギャップに溢れていた。これがいわゆるギャップ萌えなのだろうか。いや、萌えというよりは、面白いなと思った。裏表がないし、思ったことはハッキリ言うし、たまに凄い拗らせてるところが出るし、変顔が面白いし(基本的に自分を美人だと思ってる女性の変顔は0点)、私が想像していた以上に芳醇な人なのだと思った。

 

 

もがちゃんのパーソナリティに惹かれたということもそうだが、アシスタントがナイツの土屋伸之さんというのも非常に良い点だった。ナイツの漫才は、TRFのやつとじゅげむじゅげむのやつと、相撲のやつが非常に面白いので、是非見て欲しいと思う。お笑い博士号の筆者から見て、もがちゃんとナイツのボケである塙さんはボケのタイプが近いので、あれだけ土屋さんのと相性も良かったのではないかと思う。

 

そして、シンプルに番組の企画も面白かった。イエスキリスト a.k.a リリーフランキーさんや、もふくちゃんとの対談企画はもちろん、ワインのおじさんとホテルのおじさんのやつが特に面白かった。最近だと、システマのやつがめちゃめちゃ面白かった。

 

たまたま視聴した回が再放送だったので、その直後からむさぼるように過去回をごにょごにょして視聴した。そして最新回も追うようになったのであった。

 

そこで推し変問題である。

 

知者曰く「推し増しと称しての推し変は死刑」と言っていたが、「在宅であれば推し変は可」とも言っていたので、ある時期をおいて、もが推しになった。もちろん依然として当方は在宅である。

 

 

そういうわけで、明確に推しが決まると、今度は楽曲がより楽しめるようになったわけである。しかも、ちょうどBESTアルバムを配布していただいたので、これも非常に幸いであった。

 

でんぱ組.incの楽曲は、とにかく刺さる。自分の境遇がメンバーに近づくほど刺さるのだろう。わりと健常だった頃(当社比)は、でんでんぱっしょんぐらいしか好きな曲がなかったのだが、自分が電流爆破後の大仁田に近づくにつれて刺さる曲が増えたような気がする。もちろん、これまででんぱ組.incの音楽と本気で向き合って来なかったというのもあるだろうが、もがマガ事変以降、好きな曲がとても増えた。

 

特に「STAR☆ットしちゃうぜ春だしね」は、一番良く聴いていたし、PVでも高頻度で観ていたと思う。冬に春の歌を聴いたというのが良かったのだろうか。よくみたら作詞作曲がでんでんぱっしょんと同じ畑2060%さんだったので、楽曲としてもハマる要素が強かったのだと思う。

 

他は、W.W.D三部作やなんてったってシャングリラ、ナゾカラやFuture Divere、SabotageやVANDLISM、冬へと走り出すぉ!やIDOLなんかがかなり好きである。

 

私はこの後(というか現在)フリースタイルダンジョン経由でHIP HOPにもハマるのだが、でんぱ組.incがその土台の一部を形成したことは、想像に難くないだろう(明らかにそういう選曲である)。

 

 

そういうわけで、もがマガやでんぱ組.incの楽曲映像を見聞きするのは、当時の私にとっては炭水化物よりも重要な栄養供給源だったのである。自分がダメになりそうになったとき、でんぱ組.incの曲はとにかく元気が出る。もう一回聴きたい、もっと聴きたい、ずっと聴いてたいと思える。特に落ち込んだ時は、外的要因で気持ちを切り替えられるというのは非常に重要だったし、とてもありがたかった。

 

 

本来であれば、もっと詳しく、1曲ずつピックアップしてどこがどう好きなのか語りたいところではある。しかしながら、今日において、ブログでもがちゃんのことに触れているのに、でんぱ組.inc脱退について語らないのは、いささか不自然な気がする。

 

 とは言うものの、当方でんぱ組.inc完全在宅なので、正直なところ、もがちゃんがそれで良いなら、それで良いのではないかと思う。いや、もちろん本人も100%納得して出した結論ではないことは、その口ぶりから明らかだったと思う。それでも、多くの不安要素を覚悟しながら脱退を決意したのは、物凄い勇気が必要なことだったと思う。きっと、でんぱ組.incに加入したときの何倍ものそれが必要だったのではないかと思う。

 

 

 完全在宅なりの感想としては、脱退は驚きではなかった。というのも、まず筆者は最上もが単騎のファンであり、でんぱ組.incの紫牌のファンではないからだ。もちろん、でんぱ組.incとしてのもがちゃんの歌や踊り、表情も好きではあるが、やはり入りがもがマガなので、1人のアイドル・タレントとしてのもがちゃんがこれからも健在なのであれば、こんなに幸いなことはないと思う。

 

先日放送されたバラエティ番組『イッテンモノ』でも、今日のお笑い界を牽引している千鳥、三四郎サンドイッチマンら6人の芸人を前にしても、非常によく絡んでいたと思う。もがマガを見ていても思うが、ある種芸人キラー的な部分があるので、バラエティで生きていける素質も十二分にあると思う。特に、昨今は執拗に“ヤリにいってしまう”アイドル・タレントが多いので、それとは真逆に位置するもがちゃんは、むしろ映えるのではないかと思う。

 

※ヤリにいく:ドッキリや嘘企画であるとわかりながら、または、それだけでは特に撮れ高がなさそうな企画に対して、あえて騙されたりオーバーリアクションを取る行為のこと(例:鈴木奈々

 

 

在宅なりの想像をすると、多くのファン、もしくはそれ以外のゴミが、不仲説やもがちゃんの体調面、心情について、不確かな妄想を膨らませ、SNSミニブログ等で論じているのではないだろうか。私は決してそういった潮流に乗ることはない。むしろ、今だからこそ声のボリュームをMAXにして、もがちゃんへの感謝を叫びたい。

 

 

もがちゃんがもがマガで楽しいトークをしてくれたおかげで、無色だった日常に色を付けてくれたし、でんぱ組.incの楽曲、ライブへの興味関心を引き立ててくれた。ほとんどどんな曲も聴けなかった日々に、6つの音色を落としてくれたこと、本当に感謝している。あの時 狂ったようにでんぱ組.incの楽曲に熱中していなければ、きっとその体温は0に近づいていたのではないかと思う。でんぱ温泉に引っ張り入れてくれたもがちゃんには、本当に感謝しかない。感謝しかないのだ。

 

もがちゃん、本当にありがとう。

 

 

数人の芸能人を推してきた経験として、その時その人が一番良いと思う方法で、一番やりたいことやっててくれるのが、一番良いといつも思っている。確かにほとんど理想論かもしれないが、その人が楽しそうだというのが、一番の良いのではないかと思う。

 

それから、「応援」という行為には、前提として相手を「承認」する必要がある。だから私は応援はしない。私がするのは「援護」である。リフトされるより、リフトしたい。持ち上げられるより、持ち上げたい。

 

とは言っても、私のようなクソ在宅野郎にできることは、もがマガが始まる前にSNSで「もがマガ緊張してきたな」と言うことぐらいしかない。

 

ということで、『最上もがのもがマガ!』は、毎週月曜日22時からアベマで放送中である。再放送も沢山やっているし、マイリストに入れると後で見ることもできる。本当にいい時代になったものである。

 

みんなで見よう、『最上もがのもがマガ!』

ソシャゲが流行り続けている理由がわからない

※読者の要望によりさらに見やすくなりました※

 

 

私が物心ついた頃には、すでに家庭にファミコンスーファミがあった。いつしかゲームボーイもあり、そして、64、プレステとハードが揃っていった。

 

ファミコンのゲームソフトは、スターウォーズワギャンランドけろけろけろっぴのやつなど、イカれた難易度の多いファミコンソフトに対して、比較的優しいゲームが多かった(それでもスターウォーズのやつは2面で詰んでいた)。

 

スーファミの方は更に豊富で、マリオはもちろん、アラジンやカービー、幽遊白書などバラエティに富んでいた。というのも、私の姉が買ってもらっていたやつなので、同世代のキッズよりソフトの数は多いが、ロックマンドラクエ、FFみたいな、誰しもが通りそうなゲームは避けられ、「これ他にやってるやついるのかな?」的な横スクロールアクションを多くプレイしていた。

 

64の時代になると、やはりゴールデンアイパーフェクトダーク)とゼルダの伝説(時オカ、ムジュラ)は避けられないだろう。これは我々の世代で言うと、「バンプ派かポルノ派か」みたいな問で、私の地域でやったことのないやつはいなかった。FPSオープンワールドアクションの原体験はここにあるのだろう。

 

長らくRPGの大王道は避けてきたが、ある時期謎のドラクエモンスターズ2ブームが起き、私も渋々買った。今現在でも、唯一プレイしたドラクエのゲームである。当時私が好きだった女の子の名前(ささがわ)がついたダークドレアムを友達から貰った淡い思い出がある。

 

ささがわさんは転校生だったが、他の子よりも郡を抜いて可愛かった。AKBの中に絶頂期の広末がいるみたいな感じだった。ちなみにその子からはめちゃめちゃ嫌われていた。本当に悲しい。

 

ドラクエモンスターズ2ゲームボーイカラーのゲームだった。ゲームボーイはこれと、ゴエモンの妖怪RPGのとポケモン緑、ピカチュウ、銀をよくやっていた。ツウなのでちゃんとピカチュウ版もやっているのだ。だいたいライチュウに勝てなくてその辺でピカチュウはレギュラー落ちするのが定番である。というか、最初のイシツブテイワークに対してクソ雑魚すぎて、なぜアニメのようにスプリンクラーが作動してイワークを感電死させることができないのか大変疑問だった。仕方ないのでポッポの砂かけを連射してハメ殺すしか手段がなかった(プロはバタフリーでヤるらしい)。

 

プレステ購入当時は、母の知人からソフトを大量借りするという荒業を使ったが、アークザラッド以外にハマったソフトはなかった。しかし、このアークザラッドとの出会いは大きかった。2も借りてやったが、3は誕生日に買ってもらい、たぶん4週か5週はプレイしたと思う。アークファンの間では、2が至高、3はお使いゲーなどと揶揄される。私からすると2は話が暗いし思いし、1をめちゃくちゃやり込むの前提の作りだし、要素が膨大すぎて、素人向けではない。ただ、割りと最後の方に出てくる雑魚ボスの「わしゃ強いぞ!」に対して、主人公の「みんなそう言って死んでいったよ」みたいなやりとりは、本当に面白かった(そしてそいつは本当にザコ)。

 

その点3は、キャラがめっちゃシコれる。この点で全てのアークシリーズを凌駕している。女性キャラクターが可愛い、好みだといのは、全ての要素をぶった切る絶対の正義である(もちろん筆者はシェリル派である)。とにかく私はあしかけ5,6年ぐらいアーク3を飽きてはやり、飽きてはやりを繰り返していた。

 

アークシリーズはその後も鳴かず飛ばずだったが、私は精霊の黄昏も、急にアクションゲーになったジェネレーションズもちゃんとやった(面白いかどうかは別)。ワンダースワンのやつもやりたかったが、どこにも売っていなかった。あと、カジノなんちゃらもやっていない。こうやって書くと、古参気取りのクソにわか感が出てしまって悲しい。とりあえず私はアークは3が一番面白かったということを言っておきたい。

 

プレステと言えば、バイオシリーズだろう。あえて敵を倒さないというのは、本当に新鮮だった。2と3を借りて、かなりしゃぶり尽くした。意外と1はやっていないのである(数年後Wiiのリメイク版をやった)。

 

あとディノクライシスを小さい時に買ったが、本当に難しかった。知っての通り、初期装備が麻酔銃である。殺人猛禽類に対して眠らせるだけというのは、どうかしていると思った。そして速攻で売った。その7年後ぐらいに書い直して、ちゃんとクリアした。小学生であれをクリアできる人はいるのだろうか。書い直したのは、確か高校生とかだった気がする。

 

ゲームボーイアドバンスは、なによりロックマンエグゼシリーズが大流行だった。正直、スーファミロックマンは難しかったし、隠し要素も多かった。しかし、エクゼはアクション要素が少なく、むしろ戦闘前のフォルダ管理で勝敗が決していると言っても過言ではなかった。私は2から買いだしたが、3が至高だった。この辺から、私の「シリーズものは3が至高説」が現実味を帯び始めた。

 

2では、1であった、ファイターソード、ナイトソード、パラディンソード、フォルテ、ファラオマン、ドリームウィルス、ドリームオーラという最強コピペフォルダに規制が入ったため、かなりキッズそれぞれの個性が出るようになった。スタイルチェンジも相まって、戦略的要素が膨れ上がったように感じる。ちなみに私は、めちゃめちゃヤバイ攻略本に載っていた全国大会優勝者のフォルダを丸パクリしていた。

 

そして3はめっちゃ面白かったのに、4で突然の周回要素が現れクソゲーと化した。周りがレッドサン派が多かったのであえてブルームーンを買った。私はそういう人間である。テキストスキップがない周回は本当に苦痛だったし、ブルームーンのウリであるブルーススタイルが取れたのが3週目だったのも苦痛に拍車をかけた(しかもそんなに強くなかった)。

 

5ではもう愛想が尽きて買わなかったが、6を借りてやったらヒロインが可愛かったので、非常に使いやすかった。ありがとうカプコン。あとそれなりに面白かった。このあとエクゼシリーズは終わり、流星シリーズになるわけだが、私はゲームは買わないがアニメシリーズは見続けていた。だって委員長かわいいもんね。ありがとうカプコン

 

ゲームキューブは、唯一買わなかったハードである。というのも、すでにPS2のゲームを遊びきれていなかったのと、そんなに欲しいゲームがなかったからである。あとは、その当時にめちゃめちゃ通っていた友人宅にゲームキューブがあったので買わなくても遊べてというのが大きい。

 

そして私はこの友人宅にめちゃめちゃ入り浸ってどうぶつの森をやっていた。正直、これだけで個人を特定できるレベルでやっていた。今でこそ殺人ゲームばかりやっているが、ぶつ森のような牧歌的でデザインとセンス的なゲームも好きなのである。あと、ピクミン2を協力してやったり、ゼルダの伝説風のタクトチンクルとしてサポートプレイしたのも楽しかった(ゲームキューブゲームボーイアドバンスを接続して本編をサポートできる機能があった)。

 

あとは、大乱闘スマッシュブラザーズDXだろう。64も流行ったが、DXはもっと流行った。理由は、みんながあの頃よりちょっと大人になったからである。実質レバガチャ乱闘だったキッズたちが、飛翔弾をギリギリのバリアで跳ね返したり、Cレバーを駆使したり、溜め攻撃を途中で発射したり、腕前もさることながら、心理戦の要素がかなり大きくなった。そして白熱し過ぎて、逆に無言が支配する険悪なムードになることも増えた。

 

そういういざこざを無くしたのがPSPモンスターハンターPである。私はモンハン古参だったので、でかい顔をしていたが、プレイ人口が増えると、当たり前に様に自分より上手い奴や、やり込む奴が現れるのである。ただ、モンハンP2ndGを一番やりこんでいたやつは中学を中退していた。やはり、過ぎたるは及ばざるが如しなのだろう。

 

さてPS2だが、大変お世話になった。ラチェットアンドクランクシリーズやサルゲッチュシリーズ、スターオーシャン3なんかをやっていたが、何と言っても、大人と同じゲームができるというのが非常に魅力的だった。だから私は心の中で「ゲームキューブはキッズのゲーム、男は黙ってGTAだぜ」と思っていた。

 

そう、GTA3は衝撃作だった。ラジオでオペラを聞きながらイエローキャブで轢殺を繰り返すというのは、アラジンでリンゴを投げて戦っていた頃から想像もつかない体験だった。そして本格的なオープンワールドとチートコードというのも、なにもかも新しかった。GTAバイスシティは更にやりこんだが、その次のサンアンドレアスが出る直前でとある凄惨な事件が起き、販売延期(実質中止)、更には大人ゲームはキッズが買えなくなってしまった。まさかボーリング・フォー・コロンバインがマリリンマンソンのせにされる現象が日本でも起こると思わなかった。世論は本当にクソ。あの事件より前にヒットマンサイレントアサシンを買っておいたのは、本当に幸いであった。

 

このGTAとかヒットマンをやっていたぐらいの頃に、ミリタリーオタクとしての道を歩み始めるのである。銃は人を殺す道具である。しかし、道具である前に銃であるのだと感じたのか、銃そのものへの興味がものすごく沸いていった。ソーコムネイビーシールズとかデルタフォース湾岸戦争とかを楽しめたのは、ゲームそのもの面白さだけでなく、自分の趣味に合ったゲームをやっている感じが心地よかったのだろう。

 

そして、誰の勧めがあったわけでもなく、突如XBOX360コールオブデューティー4を買うのである。もう女子供がやるションべ臭いゲームはやらねえ。隣のクラスのやつともなんか張り合わねえ。俺は世界と戦うぜ。こいつとな(MP5SD6+UAVジャマー+デットサイレンス)。

 

 

そういうわけで、産まれた時からゲームはあったが、絶妙なカーブで大王道RPGをやらないものの、やや理不尽な古ゲームをプレイし、ゲームプレイそのものよりセクシャルキャラクターにモチベーションを見出したり、対戦プレイに疲れては、協力プレイでも別の疲れを感じ、ミリオタへの覚醒とコンシューマオンラインゲームの隆盛が共鳴し、その結果今日も、レインボーシックスシージの成績で一喜一憂し、負けては「もう二度とやらない」と毎日言いながら続けているのである(筆者のお勧めはアメリカとブラジルとスペインのおじさん)。

 

 

別に、FFとかドラクエが嫌いなわけではない。やろうと思えばやれるし、やりたい。しかし、それ以上に好きで得意でやりたいゲームが膨大にあるのでできない、できなかったというだけなのである。

 

PS3の話は特に面白いことがないので省略したが、今XBOX ONEに腰を据えたのは、当時遊ぶことができた全てのゲームを一通りやってみた結果、自分の苦手なこと、得意なこと、嫌いなこと、好きなことが自覚できたからである。これまでのゲームライフを振り返ると、ときめもはガールズサイドで守村エンドを見たし、逆転裁判も3までやってiOS版でもやった。ファミコンロックマン2もクリアしたし、デモンズソウルとダークソウルのトロフィーもコンプした。マリオRPGクリスタラーも倒したし、バイオ2でハンク編もクリアした。そういう色々があって今があるのだ。

 

それでも、スーファミぷよぷよはルルーが倒せなかったし、スト2のストーリは何回やってもサガットが倒せなかった。イニシャルDは最初の敵(声が岩田光央さんのやつ)にすら勝てなかったし、ウンジャマラミーは地獄編がクリアできなかった。幼少期にこういうことがあると、明確な苦手意識として刻み込まれるのである。

 

そのため、未だに格闘ゲームリズムゲームは本当にダメである。チュートリアル心が折れる。パズルとレースは、アションゲームで(なぜか)やらされることが多く、本当に苦痛になることもあるが、仕方なくやり続けていることで、苦手意識は減りつつある。特に海外のオープンワールドゲームは実質カーレースゲームと化していることが少なくない。車運転してーならForza Horizo買っとるわボケ。急にキレてしまった、申し訳ない。

 

せっかくの娯楽なのだから、苦手で嫌いなものを克服するより、得意で好きなゲームで無双した方が圧倒的に健康に良い。そいうわけで、おそらく一般の人よりは多くの、そして若干王道から外れたゲームをやってきた結果、FPSオープンワールドのTPSが好きで、得意だという結論に至ったのである。そして、これまで私がプレイした全てのゲームとそのクリエイターに感謝したい。特にスパイフィクションとバイオハザード4のクリエイターたちには大いに感謝したい。本当にありがとう。

 

 

 

そこでソーシャルゲームである。

 

食わず嫌いもいけないし、やらずに批判するのも良くない。氏いわく、虎穴に入らずんば虎児を得ずということで、初めてプレイしたのが、アイドルマスターシンデレラガールズであった。これを始めた理由としてはまあまあ長いストーリーがあるのだが、長いので中略したい。もう当時はTLでゲロクソ流行っていた。その時はすでにコンプガチャに規制が入り、トレードも個人間ではなくフリートレード方式になっていた。

 

色々あってクールPとして始めた結果、かわいいロリータが沢山いてよかった。そして、通常のプレイでは生涯手に入れることができない桁のスタドリで環境最強アイドルが売買されていることを知った。思ったよりハードな現場だと感じた。努力や研究や時間よりも金銭、課金、クレジット、全ての人間の叡智を金が超越する世界だった。でもとりあえず続けてみた結果、智絵里ちゃんと雪ちゃんのかわいいカードをトレードできたので良かった。後には何も残らなかった。

 

これに遅れて、同時進行でウエポンガールズというのをやっていた。武器とか兵器が擬人化されていて、B-2スピリットとかM61バルカンがめちゃめちゃ強いみたいな、現実の強さに比例したカードゲームだった。モバマスでは無課金プロダクションにしか入れてもらえなかったが、ポンガでは、課金もしている人もいる、全国で200位ぐらいのギルドに入ったのだ。

 

このゲームにも、同じカードをあわせて進化みたいのがあったのだが、限界の4凸するのに、同じカードが8枚必要だったのだ。ババ抜きの初手の数かよ。ということで、トレードが非常に盛んだった。逆に言えば、上手くトレードを重ねればそれなりに戦えるゲームだったのだ。しかし、途中で最上レアリティが更新され、最強カードはそこそこカードへ、私の主力カードは、突如雑兵と化した。鉄砲隊に初めて出会った武田騎馬隊の気分である。

 

しかし、辞めた理由はこれが原因ではなかった。ある時、ギルドで人員整理があり、更に、他ギルドと合流合体するという話が出てきたのである。そして、ある上位ギルドに合流したのだが、なんとその後のギルド間の対戦で全国一位になったのだ。ゲーム支えてるレベルのゲロクソ強い課金者がゴロゴロいる他ギルドを抑えての全一。ただ、その対戦では、私は何もしていなかったのだ。小さな弱小ギルドの時は、対戦で一喜一憂したり、時間ギリギギリでの駆け引きがあったり、みんなで協力してボスを倒したりがあったりで、参加している感や、自身の貢献度というのを感じれた。だが、一大勢力として下克上した今、自分の存在価値を失ったのだ。

 

イベントのボスは、イベント開始1時間以内に死んでいるし、ザコギルドは瞬殺。ギルドランクも最上位で、協力要素では、やることが無くなってしまったのだ。そこで急激に熱が冷めたのだ。もちろん無課金だったので、力量差が雲泥なのは当然ではある。泥と雲どころか、私のスピードがマイマイカブリなら、ギルメンフェラーリぐらい早かった。いてもいなくても変わらないところにいる意味はないのである。

 

ちなみに、初めた頃からメッセージをやり取りして仲の良い人もいたりした。こういうネトゲ的な交流は最初で最後だったが、悪くはなかったが、基本0か100な人間だし、割りとコミュ障なので、何も言わずやめてしまったことを悪く思っていたりする。ということで、シズキさん色々ありがとう、楽しかったよ、元気でね。

 

 

「もうクソカードゲーはやらねえ」と思って、アクション要素が強めな『ウチの姫さまがいちばんカワイイ』というラノベみたいなタイトルのゲームに手を出した。早い話、パチンコである。形式は(やったことないけど)モンストに近い気がする。カエルを引っ張って、壁に反射させて敵を殺す、かわいいお姫様がそれをサポートするみたいな感じである。

 

このゲーム、途中までは業績が悪かったのだが、「お尻がかわいいガチャ」とか「おっぱいたわわガチャ」みたいなピックアップ方法を取った瞬間、めっちゃ業績が上がり、なんとキャラにボイスまで付いたのだ。人間の性欲は本当に純粋で愚かだなと思ったが、看板ヒロインの声が推しだったので許した。後に、別の推しも声優として参加し、無銭月のカケラで回したガチャでそのキャラが出て、その話を接近で言えたので、ある意味一番有意義なゲームではあった。

 

わりかしサービス開始初期からやっていたが、エンドコンテンツが追加される度に高難易度化していき、それに合わせてプレイヤー側のスキルやパラメーターの追加、最上レアリティの更新やメインクエストのリセット(これが一番謎だった)があり、結局のところ、どんなに強いフレンドがいても、無課金王子では最高難易度クエストがクリア不可能になったのでやめたのだ。

 

しかし、これよりも割りと萎えたのが、謎のコラボ企画である。正直、ウチ姫のキャラは可愛いのが多い。オリジナルで十分戦えていたと思うし、途中からボイスも付いた。それなのに、とあるのレールガンとかまどマギとかボーカロイドとかハッカドールとかおそ松さんとか、繋がりが不明で、世界観ぶっ壊しのコラボの大洪水だった。マジでどういう層にウケているのか私にはわからなかった。こういう有名所とのコラボは結構萎える派である。しかも、コラボキャラのくせにやたら強くて、お助けフレンド欄がそれで埋まったりするのだ。俺はヴァイスシュヴァルツがやりてえんじゃねえよボケ。急にキレてしまった、申し訳ない。そういうわけで、ゲームの複雑化とコラボ過剰摂取でやめてしまった。

 

 

私が一番やたったソシャゲは、ガールフレンド(仮)だろう。ある時期の年末年始、テレビCMで鬼のようにやっていた影響で始めた。厳密に言うと、仲良し4人でSkypeでその話題になり、その場で4人で初めたのに、一番渋々初めた俺しか継続してやらなかった。ねえどういうこと?とりあえず推し声優が多そうなピンク色男子で初めた。3年ぐらいやって最終的に春宮つぐみちゃんが最高という結論に至った。

 

ルフレは、モチベの全てが「キャラカワイイ」に特化していた気がする。いや、カワイイというか、セクシャルといったほうが適切だろう。Appleの猥褻アプリ規制が厳しくなった時なんかは、多くのカードが顔のどアップだけになった。つまり、体つきや服装が猥褻なので顔しか表示できないということである。一昔前の脱衣麻雀のようだった。ガルフレは3凸だったが、エグいぐらい課金しても2枚目3枚目出ないゲーである(無課金なりの感想)。しかも他の彼氏(仮)とのトレードがないので、期間限定猥褻絵札は、翌年の同じようなイベントまで引くことができない。救済措置的に、収集物との交換はあったので、後一枚みたいな時はありがたく交換した(そしてシコった)。

 

ルフレは集金率が良かったのか、その後アニメ化した。5話ぐらいまで見た。アプリ版では自分の考えた速度でセリフを言っているが、アニメでは他のキャラとの掛け合いなので、喋るスピードを変えているみたいなことを内田真礼さんが言っていて、なるほどと思った。

 

そして謎のリズムゲーがサービス開始したのだが、ソシャゲ史に残るレベルのメンテ。メンテというか、雨季と乾季みたいな感じだった。もうずっと乾季。そして、プレイできたところで、私はリズムゲーが死ぬほど苦手なので、少しやってやめてしまった。

 

この頃から、リズムゲーから登場した別の学校の女子生徒が本編にも出るようになった。気づいたら知らん女が沢山いた。そういう子がイベントの報酬になっても、モチベが全くわかないのだ。いいからつぐみを出せ、そして揺らせ。できないなら去る。そして去った。

 

ルフレは、びっくりするぐらいイベントのシステムが同じものしかやらないのだ。更新するのは新規カードだけ。でもイベントでやることは一緒。モバマスは薄目でみると同じだが、表面上は多少工夫を加えましたみたいな感じだった。ガルフレにはそれすらない。イベントはひたすら同じ作業。ゲーム性としての新鮮さが0だった。乾物である。結局、新しいつぐみが見たいなら別にwikiみりゃいいなとなり、やめた。

 

 

上記4つとも完全無課金を貫き、2年以上継続してプレイしたが、やはりやめてしまった。これら以外にやったソシャゲとしては、FGO、ルナプリ、グラブルナナシス、ステ天、スクスト、バトガ、リトルノア、ドミネーションズ、はらぺこ勇者、あとアンドロイド携帯の時にやってたのは覚えていない。

 

ここで、「それはソシャゲじゃないんじゃないか」みたいな定義を争いたくない。とりあえず、「スマートフォンでやる」+「アプリの更新で終わりがない」+「集金できないと終了」するゲームはソシャゲだと思っている。母親が全てのハードをファミコンと言っていたのと同じである。薄目でみると、全部一緒なのだ。

 

 

モバマスを前にして「とりあえず実際にやってみよう」から6年ほど経った。自分なりの答えとしては、やはりソシャゲは自分には合わないということが分かった。

 

まず、終わりが無いというのは、本当に困る。XBOX ONEのゲームなら、実績を全部取るか、自分で諦めをつけてやれるところまでやれば終わり、ソフトを売ることもできる。他にもやりたいゲームは沢山ある。しかし、ソシャゲンにはそれがないので、他のを始めるには、現行のものをやめるしかない。どう頑張っても、2つが限界で、3つ目はいい加減にしかできなかった。

 

致命的なのはゲーム性のなさである。あったとしても、それはスーファミレベルのゲーム性である。そして、私は王道RPGをやってきていないので、コマンド方式の戦闘に悦びや戦略性を見出すことができないのだ。ガンガンいこうぜと指示するのではなく、自分で操作して殺しに行きたいのだ。レベルの低さ、装備の悪さは、自身のプレイヤースキルでカバーしたいし、実際にできるのだ。リオレウスぐらいなら、防具ナシでも殺せるぐらいには当時やりこんだ。しかし、ソシャゲではそうはいかない。プレイヤースキルはほとんど必要ない。強ければ強いほど必要無くなる。セオリーと必要最低限の数値だけあればいい。

 

そして、ゲーム自体が肥大化し、全容が把握できない。できたとしてもそこまで到達できないという点だ。追加に追加を重ねるエンドコンテンツは、一番やりこんでいる人たちが苦戦するようにできている。無課金では到底太刀打ちできないので、協力プレイでは邪魔者だし、対戦相手では赤子以下でゲームとして成立し得ない作りになっている。自分が遊べない、楽しめないコンテンツばかり増えていくのだ。 

 

もちろん、マジモン本気ウルトラガチの世界の戦いがどうなのかは知らない。もしかしたら、私が想像しているよりももっとハードで、緻密な駆け引きがあって、プレイヤースキルが必要なのかもしれない。雲の上に行ったことがないので、神の姿も、そこで何をしているかもわからない。

 

 

それで、別にそこに文句が言いたいとか、そういうわけではない。無課金じゃ遊びきれないのは最初からわかっている。そもそも、お客さんにすらなっていない。アイドル現場の無銭がっつきと同じだ。無銭がっつきはゴミ。ほぼ全てのソシャゲが同じようなシステムで成り立っているのは分かっている。

 

それでも自分でプレイしたのは、なんで流行っているかわからないからだ。もしかしたら、課金以外に面白いところがあるのかもしれない。そうじゃないと、こんだけ課金して永遠とやっているはずがない。そう思ったので、とりあえず色々やってみたのだが、結局のところ、よくわからなかった。

 

 

強いて言うなら、やはり「ネトゲの面白さ」なのだろうか。数あるゲームの中でも、ネトゲだけは通って来なかったので、理解できなかったのかもしれない。ネトゲとソシャゲの違いといえば、プラットフォームがPCからスマホになったことと、10本の指では足りないほど膨大なゲーム性を超簡略化してほぼタップのみで遊べるようにして、チャット要素が希薄になったぐらいだろうか。ネトゲをちゃんとやったことがないので、マジでわからない。

 

でも、日本でこれだけTwitterが流行らなければ、ソシャゲの隆盛も無かったような気がする。やはり知ってる人が回して引いているのを見ると、ちゃんと排出されるんだなというリアリティが違う。艦これの建造ブームの時は本当にウザかった。匿名のカキコミよりも、特定のツイートの方が説得力があるのだろう。

 

 

ゲームの一番良いところはゲーム性があるところである。そして、それは一番悪いところでもある。マップと敵とアイテムの配置を覚える、正確に操作する、相手の行動を先読みする、技の効果や装備の能力を比較検討する、それらが全てゲームで異なる。それが面白いのだが、普通の人々にとっては、ものすごく高いハードルなのだろう。

 

昔のゲームは単純だけど、とにかく難しかった。今のゲームは、難しくはないけど、理解しないといけないことが沢山ある。でもソシャゲは、とりあえず回して強いのが出れば最初はサクサク遊べる。いや、回したことがないので、実際は違うのかもしれないが、そういうイメージだ。

 

 

そして、寂しく思うのが、いまハードを買ってゲームをしているのが、ちょっと特殊みたいになっていることだ。付き合う人を選ばないとゲームの話ができなくなってしまった。その点Twitterは良いツールだが、正直めんどくさい人と遭うことも少なくない。やはり理想は、気の合う人と、共通のお題目の盛り上がることだ。お題目を共有できる気の合わない人はゴミでしかない。できるだけ視界から遠のけたいだろう(私はもう遠のけました)。

 

 

箱○クラスタなんて言っていたころは、学生時代に戻ったかの様に、一緒にゲームで遊べる人が沢山いた。しかし、ハードが更新して4年かそれ以上の月日が立つと、様々な理由から、もう二度と遊べないだろうという人も増えてくる。しかも、それとは関係なしに、自分の人間性に問題があってそうなってしまうこともあるので、本当に反省している。

 

だから、今でも遊んでくれる人には、本当に感謝しなくてはいけないのだろう。自分にとって、人とゲームをするというのは、かけがえのない意思疎通であるし、呼吸や日光浴と同じぐらい健康と生命維持に関わってくる要素だと感じる。この先あと何回ハードが更新して、自分の人間性ゆえに友人を無くすか分からないが、これからゲームと共に強く生きていきたいと思った。

 

 

どんなクソゲーであっても、良いところあるし、楽しい、面白いと思える瞬間はある。結果として、良い思い出として残る。私はできるだけ、クソだった事柄よりも、良かった事柄で、それを共有できる人と交流したいと願っている。それをソシャゲでは、やることができなかった。断続的に小さな達成感を得ることはできたが、満足感を得るまでには至らなかった。満たされないタップを続けるなら、私はその人差し指でRトリガーを引いて1キルを取りたいと思う。

 

繰り返すようだが、生涯無課金の自分が、作り手側が想定するプレイヤーでないことは分かっていた。だからそこには全く文句はない。女児アニメのシナリオにイチャモンをつけるのと同レベルである。

 

しかし、それでもその良さ、面白さがついにわからなかった。いくつかの女児アニメを見て感動して泣いたりはできても(例:ジュエルペットてぃんくる☆)、ソシャゲでは心は動かなかったのだ。

 

なぜ若者はソーシャルゲームにハマるのかこれからも考えていきたい。

自炊忘備録

備忘録と忘備録、どちらが正しいのだろうか。どちらでもない。

 

ささみで作った親子丼は非常に上手くできた。

母上直伝のカツ丼のノウハウをそのまま流用したので簡単だった。

しかも味が濃いので、美味しく感じるのだろう。

メントゥーユーと卵の相性は抜群である。

クラッシュギャルズぐらい。

 

昨日作った和風パスタもバチボコだった。

冷凍食品で非常に美味しいほうれん草とベーコンのパスタがあるが、あれを目指した。

フルマラソンで言えば、38km地点でリタイアしたぐらいの再現度だったが、かなり上出来だった。

ベーコンがあったが、もも肉を買ってしまったので、細長く大きめに切って、ささみ風とした。

もも肉風ささみの逆を行く、ささみ風もも肉である。

ただ、味付けに手間取り長く炒めたせいで汁気が飛び、パサつきがでた。

50代の肌である。

 

流行りの炊飯器煮物であるが、非常にラクであった。

基本鶏肉と大根、メントゥーユー、酒、醤油、塩である。

野菜が少ないと非常に味が濃くなる。

煮上がった後を予測して味付けは難しい。

追いお湯で味を調節するしかないが、負けた気になる。

 

ネットでみた、炊飯プラス煮物のやつもやった。

たけのこご飯は、味が薄くなってしまった。

ひじきの煮物ご飯も、味が薄くなってしまった。

しかし、濃いめで作るのは怖い。

薄くても塩や海苔でごまかせるが、濃い炊きあがりライスはごまかせない。

まあ薄いほうが減塩で良いのでしょうか、という意見もある。

しかし、薄すぎる味付けは、冷めたご飯並みに興ざめな部分もある。

味付けは奥深みが深い。

ディープアンドディープだ。

 

カルボナーラ、失敗した。

パスタ系の作り方は、麺を茹でておくパターンと、一緒に煮込むパターンがある。

後者を採用したが、煮込み(湯で)時間がや煮汁が少なく、最悪だった。

しかも牛乳ベースの煮汁なので、吹き出すと大惨事である。

フライパンが泡吹いたカニじゃ。

これ以降、パスタは別茹でして、ソースを作ったフライパンに投入方式にした。

 

パエリア、失敗した。

正直、フライパンでは均一に火が通らないと思う(当社比)。

パスタしかり、米しかり。

いきなりパエリアに挑戦したのが無謀だったとの意見もある。

素直にシーフードカレーにすればよかった。

香りや見た目はまあまあ良かった。

しかし、ほぼ生米の部分、戦前並の硬めな部分、現代的な柔らかさの部分様々だった。

ライスのサラダボウルである。

大フライパンをIHでやるのがオススメだよ。

 

カレーライス、失敗した。

早い話、水分が多かった。

片栗粉を投入すれば良かったが、見送ったのが誤りだった。

スープカレー風になると思ったが、現実は焦げ茶ベチャベチャ米だった。

インドの刑務所で出る料理だった。知らんけど。

初手からチキンカレーというのもトリッキーだった。

素直に豚で行けばよかった。

ちなみに関西では牛肉が主流らしい。

というか基本牛肉らしい。ここ数年で一番のカルチャーショックだった。

結構関西方面遠征してた割に、全然気づかなかった。

エスカレーターが逆とかどうでもいいから、こういうの発信して欲しい。

 

パンケーキ、非常に成功した。

というか、何もしていない。

市販のHM(ホットケーキミックス)←プロはこう略すらしい

に牛乳と卵を混ぜて炊飯器にぶち込んで炊飯、以上。

一回炊き上がっただけでは半生だったので、再度炊飯。

これでちょうどいいあんばいに焼けた。

焼き上がりは筆者のインスタグラムを参照して欲しい。

ただ、2人で食べるにしても若干量が多かった。

チョコを混ぜたり、バナナをしきつめるパターンもあるらしい。

パンケーキは奥深い。

ディープパンケーキである。

 

 

炊飯器で米以外を調理するのは非常にラクだし、ガス大節約になるし、待ってるだけで火加減の調節もいらないのだが、同時に米を炊飯できないという致命的な弱点がある。

 

そこで私は炊飯器2台体制を推奨したいのだが、その前にまず電子レンジが欲しいと思うのだった。